2007年8月6日月曜日

記憶が巡る場所、五反田

五反田駅には思い出がたくさんあります。西五反田に建っていた「リーラハイタウン」という賃貸マンションで数年間居住していました。目の前にどぶ川にも等しい目黒川が流れ、ある大雨の日、この川が氾濫しました。9階の部屋から下を眺めたら、目黒方向から走ってきた軽自動車が水の上にぷかり。マンションの一階は完全に水に浸かっていました。電機室が地下にありましたから完全停電です。食べ物を買いに行くにも、階段を使うことになりました。

駅前のパチンコ屋に入り浸って、連夜にわたって一儲け。両替所で現金にしたところを見られていたのでしょうね、カツアゲが後をつけてきました。暗い路地を歩いていたら、後ろから「ちょっと、兄さん」と声をかけられたのです。振り返るとヤの字のつく職業の方とは違う、いわゆるチンピラ兄さんでした。目つきが鋭いのですが、目線が定まりません。この手のヒトのほうが何をするかわからないものです。知人がやっていた蕎麦屋に逃げ込みました。

東急池上線は小生が生まれ育った街を通っていました。五反田駅はその始発駅です。三両編成で、車両の上側がオレンジ色、下側が茶色という、みかん箱色した旧車両が目に浮かびます。高校生のときに、ボーリングを五反田ボールで憶えました。はじめての記録は27点でした。当然、周囲から笑われました。悔しさをバネにするのが小生です。指から出血するまで通い、ここで225点を出しました。小生の最高記録です。近くの東洋製罐の工場でアルバイトもしました。

五反田駅近くには電波新聞社もあります。山手線の内側の坂を少し上った場所です。名前から業界新聞だと推察していましたが、まさか、最初の連載や出版を、ココから発刊することになるとは。思わぬ偶然でしたね。連載などで社員の方と話すようになると、新聞社にもいろいろあるということを学習しました。電波新聞社の反対側から坂道を登っていけば、五反田の高級住宅地が池田山。結婚したばかりの妻と何度か散歩しました。夜中に自転車で走って、大崎署の警察官の職務質問も受けました。多様な記憶に満ちた場所です。まだまだ書くことがある場所ですが、徐々に増やすことにしましょう。

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